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「しかしながら、それは」
「安堵致されよ。そなたの忠心が確かなものならば、殿とて悪いようにはなさらぬ」
「……」
「私を信じよ」
濃姫はそう言ってにっこりと微笑むと https://www.easycorp.com.hk/en/virtual-office
「それから、御弓を殿に渡すにあたり、そなたに一つ確かめてもらいたい事があるのです」
小腰を屈め、そっと付け加えるように告げた。
「確かめるとは、如何なる事を…?」
「殿のご身辺に関する事です。無論、私が申し付けた旨は他言無用でな」
濃姫は軽く前置きすると、彼の耳元に口を近付け、事を囁いた。
その頃、末森の織田信勝もまた、亡き信秀から引き継いだ城の庭園を軽やかな足取りで散策していた。
信勝の背後にはお付きの侍女たちを従えた報春院(土田御前)。
更にその後ろには、乳母に手を引かれながら歩いて行く、齢五つの妹・お市の姿も見受けられた。
お市はあどけない笑みを浮かべながら周囲を一頻り見回すと、ひらひらと宙を舞う一匹の立羽蝶を見つけ、
「あっち、あっち」と乳母の手をぐいぐい引っ張りながら、蝶が向かう方へと進んで行く。
「これ、市や。あまり遠くへ行ってはなりませぬぞ──」
報春院は注意を促しつつ
「乳母一人では心許ない。そなたらも行って参れ」
自分に従う侍女たちにも、お市の後を追うように命じた。
侍女たちが一礼してその場から離れると、報春院は今の内にとばかりに、信勝の傍らへと歩み寄った。
「如何です信勝殿、例の件、考えて下さいましたか?」
「例のとは」
「無論、信長殿を当主の座から引きずり下ろし、そなた様が代わって弾正忠家の家督を継ぐという話にございます」
もう何度聞いたか知れぬその台詞に、信勝はふーっと細い息を吐いた。
「その件につきましては、これまでにも散々申し上げたはず。わたしは兄上に刀の先、槍の穂一つ向けるつもりはございませぬ」
「また左様なことを──。あのようなうつけ者に織田一門が纏められると本当にお思いですか?」
「それは分かりませぬが、いずれきっと…」
「いずれ?そのいずれがいつやって来るというのです!?
あの者が生まれて十八年。わらわとてずっと、“もうじきか”“もうそろそろか”と、信長殿の素行が改まるのを待っていたのです。
しかし家督を継いだ今に至っても、信長殿はうつけのままじゃ。重臣たちを侮り、母であるわらわをも軽んじておるっ」
「……」
「このままでは亡き大殿が守って参った弾正忠家も、あの者のせいでいずれ滅びてしまいましょう。
そうならぬ為にも、どうかこの件、今一度よう考えてみておくれ」
必死の面持ちで懇願して来る報春院を見て
「それはつまり、このわたしに兄上を討てと申しているのですか?」
信勝は真摯な態度で訊ねた。
それを受けて、報春院は悩ましげに表情を歪めたが、暫くしてからゆっくりと首を左右に振った。
「討てとまでは申しておりませぬ。……うつけであっても我が子は我が子。あの子が人の手にかかって死ぬ姿など…見とうありませぬ」
報春院の細面に、一瞬ではあるが、息子を案じる母の顔が浮かんだ。
「故に、説き伏せてほしいのです。信長殿に当主の器ではない事を分からせ、自らその座から退くように」
「しかし…」
「家老らの説得も功を奏さぬし、美濃の姫御前も役に立たぬ。
信勝殿、もうそなたしかおらぬのじゃ。──何卒お願い申す」
報春院の白頭巾の頭が深々と下がった。
「母上…」
「この通りじゃ。信勝殿、どうか」
兄から当主の座を奪う気持ちのない信勝はすっかり困り果て、どうしたものかと、ただただ空ばかりを仰いでいた。